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小郡市歴史民俗講座を受講して
 

  平成30年2月22日(金)、23日(土)の二日間にわたり小郡市埋蔵文化財調査センター研修室にて「小郡歴史民俗講座」が開催されました。講師は、滋賀県立琵琶湖博物館館長の篠原徹先生でした。先生は京都大学理学部植物学科卒業をされ、同文学部史学科卒業されました。国立歴史民俗博物館教授であり、第27期日本民俗学会会長を歴任されました。日本民俗学会は「民俗学の研究と普及および会員相互の連絡を図ることを目的として、1949年(昭和24年)に発足した、民俗学研究者の全国的な学会です。現在、約2300名の会員(うち団体会員352機関=2007年4月)を擁しています。その前身は、1935年(昭和10年)に柳田國男の還暦を機に開催された民俗学講習会に参集した、全国の研究者の要望によって結成された「民間伝承の会」です。」(日本民俗学会ホームページから引用)とあるように非常に歴史のある学会です。

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 講座一日目は「フィールドから生まれる俳諧・俳句 -自然に生きる人々に潜む情感-」、二日目は「フィールドワークの愉悦 -山野や村を歩く-」と題して貴重なお話を聞かせていただきました。両日併せて約70名の市民が受講されました。
 
 先生の講座のなかで印象的だった事柄をご紹介します。
 
「フィールドから生まれる俳諧・俳句 -自然に生きる人々に潜む情感-」
 ・俳諧、俳句はその時代の生活をよんでいる。歴史資料であり博物史資料である。
 ・松尾芭蕉は50才の人生で1684年(貞享元年)から1694年(元禄7年)までの間に近江に20か月滞在していた。
 ・芭蕉が近江について作った句は102句ある。全数はおよそ980句。近江を気に入っていたと思われる。
 ・芭蕉は近江において「無明庵」「幻住庵」で過ごした。
 ・芭蕉が50才で亡くなっていなければ西国(九州にも)に旅する予定であった。
 ・芭蕉が愛した近江、琵琶湖の魚は泥臭くなく美味しい。
   ・正岡子規が近代になって俳諧の発句を「俳句」と言い明治以降にその活動が広がった。
 
「フィールドワークの愉悦 -山野や村を歩く-」
・人文社会科学は、戦前は書物を中心とした学問であったが、戦後は「実際に自分で歩いてみる。書かれたものは信用しない」流れになっている。
・実際に大正時代に「モガモボ」ばかりいると思われていた東京銀座を調査したデータでは、「モガモボ」に該当する人々は5%しかいなかった。このように現代の事象についてありとあらゆる情報を収集することは「考現学」という。
・書籍『世界をゆるがした十日間』においてロシア革命の時に、宮殿の前ではいつも通り露店が出ていたと書かれている。大変なことが起こった時も日常は変わりなく営まれている。
・フィールドワークは問題を発見する場である。発見されたものをアウトプットして、社会的に共感されればその問題が社会的な問題となっていく。
・エチオピア・コンソの生態人類学的調査、中国・海南島のリー族社会の自然利用の研究についての話し。
・自然をめぐる環境史は、未発達資本主義が高度資本主義に変化するにつれて、国家資本の中の山野として位置付けられるようになった。例として、明治維新後に鉄道施設の為に枕木に最適な栗の木が大量に伐採されて日本の山の植生が変わったことがあげられる。
・生業の技術=道具(機械・装置)+身体知+自然知 である。
・自然と向き合う方法について。①自然を生かす、②自然をたわめる、③自然を変える、④自然を創る、がある。
 
 
  私たちにとって正直少し難しい内容もありました。しかしながら、篠原先生のエチオピアなどで経験された実体験や、お酒を好まれる先生の逸話は、非常に分かりやすかったです。講座を楽しく拝聴出来ました。今後も小郡市で講座を開いていただきたいと感じました。