松崎宿よもやま話 31話から35話を紹介。(途中からご覧になりたい場合は、下のリンクボタンをおしてください。)
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松崎宿よもやま話 31話
31話、32話で、久留米藩内にある薩摩街道筋の宿場町を紹介します。 まず始めは、お隣の府中宿です。
◎高良大社と府中宿
府中宿は、久留米市御井町に所在します。
筑後国府の近くにあって、古代から交通の要衝地でした。
府中宿はまた、高良大社(高良玉垂命・八幡大神・住吉大神)の門前町として栄えた町でもあります。
高良大社は中世に最も栄え、筑後国一の宮・九州総社・鎮西11か国の宗廟と称えられました。
戦国時代に一時衰退するものの、江戸時代には歴代久留米藩主の手厚い保護を受け、現在の石造大鳥居や御社殿などが造営寄進されたのです。
文化9年(1812)の記録には、253軒の家があったことが記されており、松崎宿よりずっと大きい宿場町だったことがわかります。
府中宿ではしばしば芝居興行が行われ、門前町としての賑わいを併せ持つ独特な宿場町だったといえます。
◎府中宿の町並み (写真は現在の府中宿の様子です。)
八女方面へ抜ける車の交通量が多く、また建物もほとんどが建て替わってしまい、宿場町としての残りはあまり良くありません。
図4には屋号が分かるものをいくつか紹介していますが、幕末ごろには旅籠が16軒あったといわれ、「角屋」「大坂屋」「日田屋」「米屋」「旭屋」「肥前屋」「蛭子屋」「小松屋(脇本陣)」「薩摩屋(脇本陣)」などの旅籠の名前が知られています。
この連載でたびたび登場する薩摩藩御用商人の高木善助さんは「嶋屋」という旅籠に泊まっています。
久留米藩主はしばしば高良大社を参拝しましたが、休憩には御茶屋が使われました。
御茶屋は現在の御井小学校にあたり、図3の椋の木や井戸の跡、土塀の痕跡などが今も残っています。
松崎宿の御茶屋は参勤交代時に、府中宿では参拝時にと、藩主の御茶屋の使い方も宿場町の個性を反映したものといえるでしょう。
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